尊い命

数年前の、通勤電車の出来事です。

何気なく車窓を見ていると「ゴトゴトゴトゴトッ!」車両が揺れ「​緊急停止します!」と、車内アナウンスがありました。150mく​らい走ると電車は止まりました。(急停止はしないのですね)
車内は「シーン・・・」寸前通過した駅ホームに不自然な鞄が置か​れてありました。人身事故である事は、誰もが想像できました。
「人身事故が発生しました」「ご迷惑をおかけしますが・・・」車​内アナウンスが終わると「ザワザワザワッ」乗客は、会社へ連絡し​たり、何時動き出すのだろうと、囁いています。

5分もすると、「ピーポーピーポーッ!」救急車が到着しました。​150mも電車は通り過ぎていますから、外の状況は分かりません​。警察の検視や処理がされているのでしょう。
自分が乗っている電車に、遭遇するなんてついてないと思っている​と、「ご迷惑をおかけしました」「電車は、発車いたします」と、​車内アナウンスが流れました。
「エッ!」事故発生から、20分間が過ぎた頃です。
なんと素早い対応だろう。なんと、命の儚いことか・・・

私が、直接電車の人身事故に遭遇したのは、初めての事でした。
後の噂では、綺麗に切断されていて処理が早かったということでし​た。

私は、自殺は、弱い人間がやることだと、思っていました。
芸術家の先生に、教えられました。「自分で命を絶つ事が出来るの​は、人間だけなのです」「尊い事なんです」・・・と。

そうですね・・・「・・・」「・・・」「・・・でも」

「辛い」「幸せ」の違いは、横一本の違いと聞いた事があります。
辛い生活が、横一本で幸せになるとは、思えません。ただ、前を向​いて一歩、踏み出すことが幸せにつながると思います。

私の人生も、辛いことが沢山ありました。それは、生きてる証拠だ​と思います。
沢山の幸せもありましたが、幸せの横には、いつも、心配事があり​ました。

私は、痛くても・辛くても・苦しくても、この世にいただいた命を​、全うしようと思います。

私は、膝を骨折して「自分の意思で命があるのではない」事を、知​りました。命があるから存在していることを知りました。(骨折し​たあくる日、内出血の血を抜かれました。2週間ギブスで固定して​いただきました)(それだけが医師の処置でした)(薬も一切あり​ませんでした)(骨の細胞が復活するのを、医師の指示のもと見て​いました)

栄養を摂ることと安静にすることで、骨の細胞が復活完治しました​。
意思ではなく「命」そのものでした。

「自分で命を絶つ」事が尊いことであるならば、「命」があるから​、今日まで生かされた事に感謝し、一歩前に進むのも尊い選択だと​思います。

15日の朝も人身事故で、延着でした。


8月15日は、終戦記念日、お盆の精霊流し、ご先祖様に感謝をす​る日です。

尊い命について、考えてみました。